2018年9月17日 (月)

大女優逝く

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 突然の樹木希林さんの訃報に驚く。庶民的な泥臭さを感じ、あの演技力、

私の好きな女優だった。

 数々の受賞にも飄々として、何事にも動じないあの姿が好きだった。

安易に人の言うことに妥協しない。いろいろな場面でそれを感じた。

波乱万丈の75年の人生だった。若いとはいえ、大往生だ。

 

 乳がんの手術と、左目の網膜剥離で失明し、片目であることは知っていた

が、全身癌であることは知らなかった。

TVを見て初めて知った。

あの晴れの受賞の発表の場で自身の全身癌を発表する。

 とにかく、なすこと、言うことが常識的ではなかった。

すべてのことを自分自身でやっていた。

 数々のエピソード、話を聞いてて常識人では考えられないことを考え、

ずばりと言ってのける。その割り切った言動が好きだった。

 余生を告げられても動じることなく、身の回りのことを自身で整理する。

そして死ぬまで本業に精進する。

 

 今でも印象に残ってる言葉「人間覚悟すれば怖いものはない」

口で言うは易いが、なかなか出来ることではない。

 「死はいつかは来るものではなく、いつでも来るもの」

それなりの普段の覚悟、行動が必要だと感ずる。

自身の経験と、自信があるから言える言葉。

数々の教訓を示してくれた。

 

 あのあるコマーシャルが目に浮かぶ。彼女にぴったしのものだと感じた。

 ふと思った。なにか吾輩も似てると・・・

 また一人の役者が消えた。

 心からご冥福を祈ります。
 
 

2018年8月30日 (木)

緑が消える(2)

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            ↑ 家の前の空き地に作った花壇

   いつもある程度雑草が伸びると刈っていたのに、なかなか来ないなあ

   と思っていたら、すでに売却されていたのですね。

   たちまち伸びて、草ぼうぼうになりました。 

    オオムラサキ、サツキ、ユキヤナギ、アジサイなどを植えています。

   手前に植えてある背の小さなサツキや、ユキヤナギは雑草に隠れて

   見えません。

   奥には種類の違ったアジサイを5株植え、見事で、道行く人たちを

   楽しませていました。白いバラもあります。あまり手入れもしないの

   いつもきれいに咲いていました。必要なものは移しました。

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両側にある遊歩道への入り口も木が生い茂ってよくわからなくなっています。



 

 

     
18083002道端に近くタラの木があります。
最初、2本しかなかったのに、今は6本に増えています。

春先には新芽を採りに来る人がいました。早いもの勝ちでした。

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               いづれも8月30日朝撮影

       9月5日ごろから工事開始の予定と連絡が来ました。

       これが最後の姿です。

       市の管理になり、遊歩道が整備された平成20年ごろは

       犬の散歩をする人たちで賑わっていました。

       それが6年くらい前からお馴染みさんも全く見かけなくなりました。

       リキの時代は終わったのですね。

        いつも散歩してた柴犬の「小太郎」の飼い主もついでに

       立ち寄って話していましたが4年前に他界。

       今偶にリキの友達だった「モモちゃん」の飼い主が

       立ち寄ってくれます。前の道を犬の散歩する人もほとんど

       見かけなくなりました。犬のブームは終わったのですね。

       今は猫のほうが多いとか聞きます。

        夏休みは子供たちの遊び場。カブトムシを採ったり、

       走り回って遊んでいました。それも近年全くなくなりました。

       中学生や高校生になってるのでしょう。

        たまに近くの小学校の生徒たちが、課外授業で訪れ、

       自然観察をする姿がありました。

        セリバヒエンソウ、ケマンソウ、オオイヌノフグリ、ナガミヒナゲシ

       ムラサキハナナ、ホトケノザ、オドリコソウなどなどの雑草の花々。

       山桜、コブシ、エゴノキなどの花木。クサイチゴ、栗など実の

       生るもの。

       思い出したら切りのない植物の宝庫でした。

 

 

 

      

2018年8月27日 (月)

緑が消える

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   前の雑木林が、とうとう宅地開発されることになり、その2/3が9月初め

   から伐採され、整地されることになりました。

    ここに越してきて20年間、2回目の開発です。 

   周りの林が皆なくなっていった。そのほとんどが相続税対策だ。

    春には山桜、コブシ、野草の花が咲き、小鳥が囀り戯れ、

   木々が芽吹く新緑の爽やかさ。

   夏は深緑が涼しい風を生み、林の中の散策が快かった。

   秋の紅葉、冬の雪景色などなど、四季折々の風景。

   リキと散歩した思い出など、私にとっては癒しの場所でした。

   数々の思い出のこもった林が消える。家の前は全部なくなり、

   写真のほとんどが消える。 皆さんが植えてた花々、特にアジサイは

   見事だった。それも皆なくなる。

    いつかはそんな日が来るだろうとは思っていましたが、いよいよです。

   残してほしい緑でしたが、時代の流れには逆らえません。地主の都合も

   あることでしょうし・・・

   一部は残るからいいですけど、景色ががらりと変わり、環境が

   変わります。いづれはなくなることでしょう。淋しい気持ちです。

    今年中には住宅が出来、新しい住民が増える。

   どんな風景になるか、どんな人たちが来るのか、待つのみです。

 

 

 

   







 


         

 

2018年8月24日 (金)

残暑

 ここ2.3日、吹く風に秋を感ずる涼しい日もありましたが、また残暑が

 ぶり返して来ました。

 台風20号が吹き荒れ、また被害が出ました。

  こちらは23日夜から、24日未明にかけて、風雨が激しかった。

 雨戸がガタガタいっていました。時折、激しい雨音がしてました。

 

  窓からまた伸びたモッコウバラのシュートが見えます。

 曇ってて風もあり涼しそうなので、剪定を思い立ち始める。

 雨上がりなのと、台風の関係でものすごく蒸し暑く、数分もすると

 汗びっしょり。そこそこで止める。風があるので蚊には刺されずに

 助かりました。

  急いで家に入り、長袖のシャツを脱ぎ、扇風機に当たる。汗ばんだ体に

 快い。夏は体力の消耗が激しいのと、汗でべたつくのが嫌。だから夏は

 嫌い。今年は猛暑が続いたためか、ヒグラシと蝉の声をあまり

 聴かなかった。

  今、ツクツクボウシが盛んに鳴いています。

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    今までなかなか家に居ずかなかった「マルバルコウソウ」が、3年前

    種を撒いたら毎年見られるようになりました。

     いつもこぼれ種から芽を出し、モッコウバラに巻き付いていましたが、

    今年はその中の一本がバラの大きな鉢から芽を出し、キウリのための

    柵に巻き付いて、花を咲かせています。可愛らしい花が沢山、暑い日

    差しの中で咲いています。       

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    数年前に購入した2本の「クフェア」が挿し木して10鉢になりました。

    赤紫色のと白です。

     一鉢は白と、赤紫と混ぜて植えています。

    とても小さい(花径5~6ミリくらい)ですが、沢山咲くと目立ち、

    きれいです。

    赤紫の株は割と小さくあまり大きくなりませんが、白は大きくなって

   いきます。文献によると原産は中央アメリカ。草丈25~50センチ。

   野生では低い灌木になるとあります。

    試しに白色のを一本庭植えにしてみようかと思って います。

   ただ耐寒性が5℃以上なので、冬越しが出来るかどうか疑問です。

    花色も種類も沢山あるようですので、少し手間はかかりますけど

   沢山育てて、挑戦してみたいと思っています。

    花期が長い(5~11月)のも魅力の一つです。

 

 

 

2018年8月13日 (月)

テレビ報道

 8月11日。TBS(6チャンネル)で18時からの報道特集を見た。

8月15日が近づくと毎年語られる。

軍の強行で、外交の努力もむなしく戦争が始まる。
 
 戦時中は子供たちの遊びは兵隊ごっこ。雑誌もすべて戦時色。

付録は軍隊スゴロクにカルタ。確かにそういうものばかりだった。

あの時代はそれが当然であり、命令は絶対的なものだった。

 いろいろ実戦を経験された人たちの話も聞いた。もう皆90才以上の

 方ばかり。

よくも生き残れたもだと思う。私たちもただお国のための一言ですべてを

無心に信じて頑張った。

 生きて帰ることは恥で、肩身の狭い思いをされたとのこと。

その代わり、真実のことを残すべく努力されている。

 戦後、秘密文書はすべて焼却しろと命じられ、意味のわからないまま

命令に従って焼却した。

今の公文書改ざんも上司の命令で行う。昔も今も全く変わらない。 

 マッカーサーの知るところになり、復元を命じられ非常に困ったと・・・

その中でも、残された秘密文書があった。

 末期の敗戦色の濃くなる中、沖縄に米軍が上陸。それでも大本営は真実を

報道せず、戦果を称えた。我々も動員先で薄々敗戦色を感じていたが、

絶対口には出せなかった。

 沖縄決戦と言う名目の中、特攻作戦に出る。残ったすべての軍艦、兵士が

沖縄へと向かう。その途中でほとんどが鹿児島県沖で犠牲になる。

その時、軍艦に乗り組んでいて、助けられ生き延びた方の話は実に

生々しいものだった。

 いよいよ、本土決戦が叫ばれる中、銃後の人たちは竹槍作戦とかで、訓練

をさせられた。

 バケツリレーの消火訓練もさせられた。今考えれば全くのナンセンス。でも

あの頃は真剣にやっていた。すべてに洗脳されていたのだ。

 原爆が落とされ、すごい被害が出てもあくまでも本土決戦に備えろと強気

の軍。

 終戦宣言の天皇の詔書を巡って大変な争奪戦も起こった。

結局は天皇の終戦宣言で戦争は終わった。何も得することはなかった。

 命令により、二度とない若い時代は奪われ、亡くなった方々も沢山おられ

る。我々もそうだった。

 戦争はどんなことがあってもやってはならないと言っておられた。

まさしくその通りだ。
 
 でも今の世界の現状は抑止力のためと、なかなか核を放棄しようとしない。

一発触発も懸念されることもあるが、戦争だけは避けたいと努力は見える。

永久の平和を願うこの頃だ。

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                              08/12撮影 

          一本植えた朝顔。液肥を施し、伸びた蔓の芯を次々と

          止めていったら、脇芽が出てこんなに茂りました。

          今でもどんどん伸びています。

          行った